「富士山は、登らないほうがいい。なぜなら、登ればただの山に過ぎないと思ってしまうから。」
富士山は、遠くから眺めてこそ雄大な富士山と認識できる。
そのような意味と自分は捉えています。
身近な存在になればなるほど、その雄大さに気づきにくくなるという意味としても捉えられますよね。
ある著名な武道家の名言に、次のような言葉があります。
「実践なくんば証明されず 証明なくんば信用されず 信用なくんば尊敬されない」
確かになぁと思わせる言葉です。
一方、そこでふと湧いた疑問もあります。
その証明、信用が、しっかり見えているのかどうか?
身近すぎるが故、また平凡過ぎるが故に、その偉大さを見逃していないかどうか?
外形からくる尊敬にとらわれすぎれば、心眼は開いてこないように思えます。
心眼が開けていなければ、物事の真贋も見えなくなってしまう恐れもあると感じます。
ある意味、真贋を見極めるための心眼を鍛える場でもあります。
晴れてよし曇りてもよし富士の山 もとの姿は変らざりけり。
ご興味のある方は、どうぞご参加ください!
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