消費者

たまに母親の買い物に付き合う。


そして、うちの母は、必ず特売日やチラシの安売り商品をチェックしている。


いわゆる、コテコテの主婦目線。


しかし、自分は、この目線に極めて懐疑的だ。


安いから買う、得だから買う。


このような消費を繰り返していて、心の豊かさや平安は得られるのだろうか?という疑問が強く湧く。


時にそうした買い物はいいとは思う。時に経済観念も大事だから。


しかし、自己防衛的な買い物は、その場限りのちょっといい気分で終わることが多いのではないだろうか?


そして、そうした気分は、さらなる、そして次の新たな得へと導いていく。


いつまでもその渇望はやまない。


ところで、商売は、買い物をした人の喜びを共有する大切な一面があると考えている。


では、もしも、自身が儲かった喜びを主とすれば、その商売人はどうなるのだろうか?


こうした考え方、思いは、長期的な利益、真の喜びをもたらすものではない。


次に、これを逆転させてみる。


この人やこの店にでよかったと思える買い物と、とにかく安くて便利で得だけすればいいという買い物。


長期的な豊かさ、お金を有意義に流せたという喜び、心の平安は、どちらが上だろう?


ビジネスが真っ盛りの中、その渦中で得して生きることが常識と捉えられがちな世の中の風潮。


そんな風潮の中、人や店を喜ばせるためにお金をもっと使ってもいいじゃないかと自分は思う。


そして、自分の損得からくる防衛観念、恐怖や不安を超えたところに、お金も含めた豊かさの流れがある。


そんな気づきを与えてくれるのではないだろうか?


お金を喜びとともに得られれば、それを喜びとともに世に流していくことも、人間の大切な責務ではないのかな?と強く思う今日この頃。


売る側に立っても、買う側に立っても、どちらに立っても、我利我利亡者は、人間を貧困にする。


心学商売繁盛塾

商売の根っこにあるものを掘り下げ、人生の繁盛と商売の繁盛を目指す。