アフリカに調査に行くと、いわゆる焼畑農業によってタロイモなどの作物をつくっている現地の人たちの集落がある。森林を焼いて畑にする焼畑農業では、一つの場所で収穫を行うのは、二、三年が限界で、それ以上連作すると土地の養分がやせほそってしまう。すると彼らは、次の区画を焼き払って畑とし、そこに種をまいて作物を得る。そこで二、三年連作すると、また次の区画に移って・・・ということをくり返すそうなのです。
ご存知の方も多いかもしれませんが、百獣の王と呼ばれるライオンは、不必要に獲物を獲ることはしないそうです。
凶暴ですが、貪ることはしません。
原始的な環境に置かれている人や動物は、「足るを知る」という節度を本能的に備えているのではないでしょうか?
近年よく聞く「もったいない」「足るを知る」といった言葉。
こうした言葉がよく使われるようになったということは、裏を返せば、人間が本能的に備えていた節度を忘れつつあることを象徴しているような気がします。
原始的環境から離れていくほど自然界の掟を忘れていく一方、人間が勝手に作ったルールを重視し、横暴になっていく傾向があるのではないでしょうか?
冒頭にあるように、土地がやせ細る前に別の土地で収穫する。
そして、その土地を必要以上に拡大しない。
このような農業のあり方は、今後の商売のあり方にも大きな示唆を与えてくれるように思えます。
最近は、「おてんとうさまが見ている。」という類の言葉をあまり聞かなくなりました。
しかし、私たちは真面目に仕事をしていく中で「おてんとうさまは見ている」という実感を持つことも多いのではないでしょうか?
たとえどんな逆境に遭っても、またどんな理不尽な出来事に遭遇しても、腐らずに前を向き続けていけば、私たちはおてんとうさまの存在を心のどこかで感じるものです。
このような自分の考え方は、合理性を主とする昨今の経済活動の中においては、極めて異質なのかもしれません。
しかし、科学的に解明されないような非合理性を大切にしてきた事業体が、永く存続しえた歴史的事実もあります。
これから先は、会社にしろ個人事業主にしろ、厳しく淘汰されていく時代になることは、確実です。
何が人間として大切なことなのか?を心の軸にしていかなければ、生き残っていくのは難しいと自分は予想しています。
松下幸之助であれば「素直」
出光佐三であれば「義」
渋澤栄一であれば「論語」
心の中に一本の軸をもつことの重要性を歴代の心学的経営者は、その生きざまから教えさとしてくれているように感じています。
こちらの講演会も、心の軸をピシっとさせてくれそうですね。
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